常識は変わる
― 医学が進歩するとは、
身体を見る「解像度」が
上がることなのかもしれない

「昔はこう言われていた。でも、今は違う」
医学や健康について調べていると、そんな話によく出会います。
では、昔の人たちは間違っていたのでしょうか。
そうではなく、「その時代には、そこまでしか見えていなかった」ということも多いのではないでしょうか。
医学が進歩するとは、昨日までの常識を捨てて新しい正解に置き換えることではなく、同じ身体を、より高い解像度で見られるようになっていくことなのかもしれません。

目次

乳酸は「疲労物質」なのか

かつて、「運動すると乳酸がたまる。それが疲労の原因になる」という説明が広く知られていました。

激しい運動によって血中乳酸濃度が上昇すること自体は事実です。

しかし現在では、乳酸は単なる「不要な老廃物」ではなく、エネルギー源として利用され、糖を作る材料となり、さらにシグナル分子としての役割も持つことが分かってきました。

昔の観察が消えたのではありません。乳酸とは何なのか。その意味が、より詳しく見えるようになったのです。

筋肉も、身体を動かすだけではない

筋肉は、骨を動かし、立ち、歩くためのもの。もちろん、それは今でも正しい。
しかし現在では、骨格筋はさまざまな物質を分泌する「内分泌器官」としての側面も研究されています。
筋肉から放出されるマイオカイン。さらに運動によって全身のさまざまな組織から生じる物質を含む「エクサカイン」という考え方もあります。
「筋肉は身体を動かすもの」という絵が消えたのではなく、そこに新しい身体の絵が重なったのです。

ストレス学説とピロリ菌

1936年、後にストレス学説で知られるハンス・セリエは、ラットに寒冷、外傷、過度な運動、薬物など、異なる強い刺激を加える実験を行いました。
すると刺激の種類が違っても、身体には共通した反応が現れました。セリエはこうした観察から、後に「一般適応症候群(汎適応症候群)」と呼ばれる考え方を発展させます。
その後、胃潰瘍や十二指腸潰瘍では、ストレスや生活習慣、胃酸などが長く重要視されました。
ところが1980年代、ロビン・ウォレンとバリー・マーシャルによって、ピロリ菌と胃炎・消化性潰瘍との重要な関係が明らかになります。
消化性潰瘍の理解と治療は大きく変わり、二人は2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
では、それ以前のストレス研究は全部間違っていたのでしょうか。そう単純でもありません。
現在では、ピロリ菌感染やNSAIDsなどが、消化性潰瘍の重要な原因として位置づけられる一方、ストレスによって身体にさまざまな生理反応が起こることまで否定されたわけではありません。
「ストレスだった」から「ピロリ菌だった」へ、正解が単純に入れ替わったのではない。細菌、薬剤、神経、ホルモン、免疫――。

一つの病気の背景にあるものを、以前より細かく見られるようになった。

医学の「解像度」が上がるとは、こういうことなのかもしれません。

「痛い=そこが壊れている」でもない

痛みについての理解も変化しています。
組織が傷つけば痛みが起こる。もちろん、そうした痛みはあります。しかし、それだけですべての痛みを説明することはできません。
国際疼痛学会(IASP)は2020年に痛みの定義を改訂し、痛みを感覚だけでなく情動を含む個人的な経験とし、生物学的・心理的・社会的要因の影響を受けるとしています。
また、「痛み」と、神経系が有害な刺激を検出する「侵害受容」は同じものではない、としています。
腰痛についても、「痛いから、とにかく安静にする」という単純な考え方ではなくなりました。
慢性一次性腰痛についてWHOは、運動、自己管理を支える教育、心理的介入、必要に応じた徒手療法や薬物療法などを組み合わせた対応を示しています。
痛い場所だけを見るのではなく、末梢神経、脊髄、脳、心理、生活環境まで。
「痛み」を見る範囲そのものが広がってきたのです。

「事実」にも、いろいろある

ここで大切なのは、「事実」を一つにしないことだと思います。
科学的な方法によって検討され、現在のところ一定の支持を得ている知見がある。
ある治療法が長い年月にわたって実践され、記録され、受け継がれてきたという歴史的な事実もある。
臨床では、「さっきまで痛かったのに、今は痛くない」「動かなかった関節が、今は動く」という変化を、その場で確認することもあります。
ただし、これらは同じ意味の「事実」ではありません。
長く伝承されてきたからといって、治療効果が証明されたことにはならない。施術後に痛みが消えたからといって、その原因が鍼だったと証明されたわけでもない。臨床試験で一定の効果が示されても、伝統医学の理論体系全体が証明されたことにはならない。

観察されたことと、その理由が証明されたことは違う。

理由をまだ説明できないからといって、目の前で起きた現象まで、なかったことにする必要もありません。
まず観察する。そして「なぜだろう」と考える。
医学や科学は、そこから始まってきたのではないでしょうか。

では、鍼灸や漢方はどうなのだろう

鍼灸や漢方が、長い歴史の中で実践され、記録され、受け継がれてきたことは事実です。
もちろん、「長く続いたのだから正しい」とは言えません。
一方、現在では鍼灸について、神経系、局所組織、脳における痛みの処理など、さまざまな角度から研究が進められています。
痛みに対する鍼治療でも、対象疾患や研究方法によってエビデンスの強さには差がありますが、一定の有効性を示す研究が蓄積している領域があります。
日本では2025年度から、日本疼痛学会が鍼灸師を対象とした認証制度を設け、疼痛医療の中で多職種連携を進める取り組みも始まりました。
これは「鍼灸が科学的に証明された」という話ではありません。

研究し、評価し、医療の中でその役割を検討しようという動きが始まっている。

そこが重要なのだと思います。
漢方についても、日本東洋医学会では、ランダム化比較試験やメタ解析を収集・評価する「漢方治療エビデンスレポート(EKAT)」が継続して作成されています。
さらにWHOも、2025~2034年の伝統・補完・統合医療に関する世界戦略を策定し、2026年には世界規模の研究優先課題を公表しました。
安全性や有効性を含むエビデンスを、これからさらに強化していこうという段階です。

伝統医学と現代科学は、少しずつ近づいてきています。

でも、まだ分からないことは多い。だからこそ、研究と検証が続いているのでしょう。

分からないから、問い続ける

鍼灸の臨床では、施術の前後で痛みが大きく変わったり、動かなかった身体が動き始めたりすることがあります。
もちろん、変化しないこともあります。
そして変化が起きても、その理由をすべて説明できるわけではありません。
神経なのか。脳なのか。局所組織なのか。循環なのか。
心理的・文脈的な要素も含め、いくつもの作用が重なっているのかもしれません。
分からない。けれど、目の前で観察された変化が確かにある。

100年後の人たちは、今の医学をどう見るのだろう

100年前の医学の常識と、2026年の医学の常識は同じではありません。
ならば100年後の人たちが今を振り返ったとき、「2026年には、まだこんなふうに身体を考えていたんだね」と驚くこともあるでしょう。
今は当然だと思われていることが否定されるかもしれない。
今は説明できない現象に、思いもしなかった仕組みが見つかるかもしれない。
鍼灸や漢方についての理解も、今とは違ったものになっているかもしれません。
だから、古いものを盲信するのでもなく、新しいものだけを絶対視するのでもなく、「今、私たちにはどこまで見えているのだろう」と考えていたい。
古典を読み、現代の研究を読む。
そして、目の前の身体を観察する。
違うものは違うものとして区別しながら、照らし合わせ、また考える。
常識は変わる。
それは、昨日までの人たちがすべて間違っていたということではなく、私たちが世界を見る解像度が、また少し上がったということなのかもしれません。

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鍼灸師 国際気功師
山本浩士