鍼灸で糖尿病合併症・糖尿病性網膜症の視力改善

私がまだ東京へ出てくる以前、ある糖尿病患者さんの鍼灸治療をしました。
60代の女性です。

厚生労働省による2016年の調査によると、糖尿病に罹患している方は1000万人超え。
また、糖尿病予備軍と診断された方も1000万人を超えたそうです。
国民健康・栄養調査より

糖尿病は、血中の血糖値が慢性的に上昇していることで発症します。
高血糖状態がつづくことで、浸透圧の上昇によって細胞内の水分が外へ引き出されてしまいます。
そのため、喉の渇きや皮膚、目の乾燥などを訴えやすくなります。
それ以外にも、血流が悪くなったり、血管がボロボロになったり、免疫機能が低下するという症状があらわれてきます。
その結果、腎不全や脳梗塞、心筋梗塞、末梢組織(多くは足)の壊死による切断といった末期症状へと発展する場合があります。

漢方医学に糖尿病という名前はありませんが、消渇(しょうかち)という病名が古くからあります。
口が渇いて水を飲みたがり、小便も多く、痩せて脂がなく、甘い体臭がするものを消渇と呼びます
まさに、現代でいうところの糖尿病ですね。

糖尿病には「三大合併症」と呼ばれる症状があります。
①神経障害
②網膜症
③腎症
この3つです。

糖尿病が慢性化すると、まず足の痺れが発症します。
①の神経障害です。
なぜ発症するのかは、いまだはっきりはしておらず諸説ありますが、やはり血流が悪くなったこと、血管の壁がボロボロになっていくことが原因だろうと考えられています。

さらに症状が進むと、視力に影響がでてきます。②の網膜症です。
目の奥には網膜と呼ばれる部分があり、血流不足により網膜の微小な血管が障害され、視力に影響があらわれます。
目がかすみ、光がまぶしく感じられることが多いようです。さらに進むと「失明」の恐れもでてきます。

ちなみに、私の叔父は末期の糖尿病になり、この3つの合併症をその通りに発症させました。
足首から先は、壊死したために切除し、目も失明し、最後には亡くなってしまいました。
私が鍼灸師のなるずっと前の話です。

②まで進んだものの、改善することもなく数年たってしまうと、③の腎症を発症するリスクが高まります。
腎臓の機能が悪化し、血圧があがったり、足がむくんだり、やがて腎不全をおこす可能性があります。
そこまでくると、人工透析や腎臓移植をするという道がまっています。
腎不全は、心不全を引き起こすリスクも高いのです。

漢方では腎臓と心臓は「水と火」「陰と陽」の関係で考えます。
お互いに支え合い、依存しあう関係ですね。
ですから、心不全になると腎不全に、腎不全になると心不全になりやすいと考えます。
水と火の交流がうまくいかないから発症するのですが、これを「心腎不交(しんじんふこう)」といいます。

腎陰を補う、あるいは心火をおろす、そういう漢方薬が用いられやすいです。

漢方の場合は、現れている症状や訴えに加え、脈診、腹診、舌診、背候診などから全身情報を引き出し、それに合わせて処方が決まります。
鍼灸をする場合、漢方薬ほど細かくありませんが、概ねこのようにして治療方針を決めていきます。
オーダーメイドの医療といえます。

話を戻しましょう。

私が診ていた方もすでに末期状態で、色々と合併症を発症していました。
足先の皮膚はボロボロになり、あまり感覚はなく、視力もかなり悪く、片目はほぼ失明間近でした。
ただ、意識、思考活動はしっかりしており、自分の足で歩くこともまだ可能な状態でした。

最初は、足の裏の皮膚がボロボロになっていることをなんとかしたい、そういう依頼でした。
両足とも、特に小趾の側面から付け根にかけては、かなり皮膚の剥離がひどく、踵にかけてのひび割れもひどいものでした。

また、足首から足底にかけて、皮膚にポツポツとした赤い斑点がたくさん現れていました。
おそらく「糖尿病性リポイド類壊死症」と呼ばれるものだと思います。

とにかく、たくさんの合併症状が出ているので、その症状を一つずつ追いかける時間もヒマもありません。
漢方医学の法則にのっとって判断し、必要な処置をしていきます。

お腹と背中に鍼を打ち、背中、手足末端にお灸を据えます。
これを週に1回ペースの来院で続けてもらいました。(来れる時は、週に2回ほど)

1ヶ月後、まず足にあったポツポツした斑点は、8割消えていました。
そうして、足の小趾まわりの皮膚も回復の兆しが見え、ボロボロだった皮膚が回復し始めていました。

さらに1ヶ月後。
斑点はほぼなくなり、小趾のまわりの皮膚は新しく生まれ変わっていました。
ただ、踵まわりのひび割れはまだ残っていたので、引き続き鍼灸を続けました。

半年ほどたつと「視力がなかなか回復しないのですが、これもなんとかなりませんか?」と聞かれました。

そこで、いつもの鍼灸に加えて、目と頭部への鍼灸を加えることにしました。
目の周りにも多くのツボがあり、そこから数箇所選んで、美顔鍼で使う細く短い鍼をうちます。
そのまま鍼を留め置いて(置鍼)、棒形のお灸(棒灸)で、目と頭部を温めることにしました。

棒灸から放射される熱で、相手の衛気(体外をまもる気のバリアのようなもの)を動かし、受容器を刺激し、神経活動と血流を促進させるのが目的です。
これはだいたい5分。糖尿病の治療の最後に行いました。

目の鍼灸をしたあと、いつも「光のまぶしさが和らいで、ぼんやりした景色が少しピントがあう気がするので、これも毎回お願いします」と。

3回の鍼灸をやったあと、その方は病院での定期検診へ向かわれました。
その次の治療の時にこう言われました。

「視力検査をおこなったら、あきらかに視力が回復していると医者が驚いていましたよ。
とはいえ、私はまだほぼ見えないので違いがわからないんですけどねーー」

と笑って教えてくれました。

その後、さらに半年ほど鍼灸を続けました。
回復は亀が進むかのようなスピードではありましたが、悪化することはなく、ほんの少しずつ良い方へ前進していきました。

ただ、私が東京へ移住することになり、他の鍼灸院を紹介して終了しました。

東京へ来てからは、ここまで悪化した糖尿病の相談は来ていませんが、やはり糖尿病の相談はあります。
むしろ、関西にいた時より多いかもしれません。

漢方薬を希望される方が多く、ときどき鍼灸を併用される方がいます。

漢方薬も効果が高く、ヘモグロビンの数値が改善した方、網膜症による視力悪化が改善された方、目の浮腫が改善された方、たくさんおられます。
海外からの相談もときどきあります。

古来から「消渇」への漢方処方は多く、その治験もたくさんあります。
糖尿病に悩む多くの方が、漢方薬と鍼灸を併用されることで、改善への道を切り開かれることを望みます。