基礎の積み重ね

資格を取ったばかりの、若い鍼灸師さんが遊びに来てくれました。
色んな不安や疑問があるようで、その気持ちは痛いほどわかります。

でも、大事なことはもう既に学校で学んでいるはずです。
それが大事だと気づいていないだけです。

気づいていないからこそ・・・の質問があったので、小一時間ほど話をしました。

なぜ気づかないのか?
といえば、そういう体験をしていないし、何よりそういう事を教えてくれる先生や友人との出会いが無いからです。

幸いに僕は、鍼灸師になる前から今現在まで、化け物みたいに凄い先生方に直接会い、指導を受ける機会があったので、そもそもの発想が異なります。

武術にはこういう教えがあります。

「極意とは己が睫毛を見るが如し。近くにあれどみえざれにけり」

「稽古とは一より始まり十に行き、十より還る元のその一」

 

 

和氣香風には、ときどき海外から勉強に来られる方がいます。

私が関西にいる時からも含めると、
イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカ、ポーランド、イタリア、ロシア、イスラエルなどから遠路遥々やって来られ、その熱心さに頭が下がる思いです。

彼らと話をしていると、殆どの方が鍼灸学校(TCMの学校)で「気功」や「太極拳」の授業があると教えてくれます。

いまの日本の鍼灸専門学校や大学ではどうでしょう?

少なくとも、私が関西で学生をしていた頃は、気功を授業で教える鍼灸学校はなかったと思います。

逆に、気功や武術内功の話をすると「え?今の時代にそんなことやってるの?」という反応が多かったですね。

 

鍼灸理論の大元である「黄帝内経」は、そもそも「気の医学書」と言えます。

経絡は「気の通り道」ですし、鍼の目的は「気を通し、経絡を疎通させる」ことにあります。
技術の中にも「気を補う」「気を瀉す(取り除く)」が沢山ありますし、学校でもそう学びます。

鍼灸の専門書も沢山出ていますし、その中にもやはり「気」「経絡」「補瀉」という言葉が引用されているものばかり。

それなのに「気功」というと胡散臭い・・・という間違った見方をされてしまいます。

武術でも、気功やそれに類する鍛錬が無ければ、西洋式の格闘技と何も違いはありません。

気を扱わなければならない鍼灸師を養成する学校で、気功の実習がないのが残念でなりません。

欧米の鍼灸師さんの方が、その重要性をわかってくれます。
日本に鍼灸が渡来して1000年以上の歴史があるのに、ちょっと残念ですね。

 

技は技、理論は理論です。
それらの基礎になるものとして「気功」があります。

気功はまず「身体づくり」を徹底的におこないます。
そこで得た力が、治療効果に結びつきます。

例えば、料理のレシピ本をどれだけ読んでも、料理はうまくなりません。
魚捌きや鍋振りなど、調理技術だけ高くても、うまい料理はできません。
料理なら、味覚や嗅覚、ある種の料理センスが重要です。

鍼や整体も同じです。
もちろん武術もです。

僕が学んだ鍼はシンプルです。
理論もシンプルです。
難しい理論も、複雑な技術もありませんし、目新しい理論や山本式◯◯なんてのもありません。

学校で学んだことと特に変わりませんし、黄帝内経に書いてあるようなことばかりです。

シンプルに基礎理論と技術を突っ込み、基礎を追求してきただけです。

それが一番強いと教わってきましたし、そうだと体験して知っているので、他のセミナーや理論などには興味もありません。

基礎の積み重ね。
中国でいう「功夫」があるか否か。

全てはそこ!

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