良書も縁で出会う

今までの人生を振り返ると、何かに悩み、本気でソレが必要となった時に、必ず道を示してくれる師と出会ってきました。

それが人の場合もあれば、書籍などの知識の場合もありました。
技術の場合もあれば、文字や言葉では伝えられない領域のこともありました。

本当に、ジャストタイミングでそれがやってきました。
今でもそうです。

生徒さんたちに「オススメの本は無いですか?」と聞かれることはよくあります。
もちろん、読んでおいて損の無い本をすすめます。

ただ、それがその人にとって必要な内容、あるいは良書、面白いと感じるかどうかは別問題です。

僕は、小学生の頃から本が好きで、本屋さんへ行くのが好きでした。
そのうち、本との出会い、本とも御縁があるかないかだ・・・と思うようになりました。

人に勧められた本を買いに行き、パラっと読んでもいまいち面白くなく、その隣にあった本が気になって手に取り、パラっと開くと探していた答えがそこにある!

という事はごくごく当たり前の経験です。

「師」というのは、何も「人」に限ったことではいなー、そう思います。

日常というのは、インターネットの検索に似ている気がします。
膨大な情報空間の中から、必要な情報を引き出すのは大変ですが、縁あったものは意外なところでスッと見つかるものです。

見つからない時は、まだ自分の修行レベルが低く、その縁が生じて無いんやな!
あるいは、今の自分にとって本当に必要では無いことなんやな!
そう思っています。

そうやって、普通ではなかなか出会えない人と出会い 、とても貴重な智慧を頂いて来ました。

医武道の修行中、先生によく言われました。

「知識が欲しければ本屋へ行けばいい。そこで好きな本を買って読むといい。 技術はただの技術だから、知っている事を毎日自分で磨けばいい。本当に大事なのはそこでは無い。自分の体を観察し、自分の体を信じ、自分の体の任せればいい。知識や技術では補いきれない事を、ここで体験して感触を取って帰り、早く自分のものにしなさい」

今質問して教えられても、今の自分のレベルでは理解も出来ないだろうから、とりあえず与えられた修行に励もう!

そう思うようになっていきました。
それは今も変わりません。

最近、鍼灸専門学生や鍼灸師に「鍼灸寺子屋」として、今まで学んだことを教える場を設けていますが、ここに来る人もやはり縁あった人だけです。

読んでおくと良い古典は勧めるし、手持ちの資料は必要に応じてプレゼントしています。
でも、それらがその人にとって必要なものかどうか、それは別問題です。

自分の目的、重要度、理解度によって得られる情報は変わります。
だから、まず本屋へいき、気になった書物をジャンルを問わず片っ端から手に取り、その中で「あ!」と思うものを買えば、きっとその本は今の自分にとっての道標、師匠になってくれるかも知れません。

“良書も縁で出会う” への1件のコメント

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